「斧・熊・ロッキー山脈 森で働き、森に暮らす」書評・感想・レビュー:アメリカの国立公園でトレイル整備隊として働く女性の体験記

『斧・熊・ロッキー山脈  森で働き、森に暮らす』(クリスティーン バイル著/2013年発行)

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内容紹介と感想

アメリカの国立公園でハイキングをしたことのある人は、ハイキングトレイルがよく整備されていることをご存じだと思う。登りにくい岩場には階段となる刻みがつけられていたり、標識や岩の配置によって道に迷わないように配慮されていたり、細やかなケアが行き届いている。スムーズに歩けるように整備されている急勾配のエリアを見るたびに、その土木作業や整備状況に感心することも多い。

本書は、このようなハイキングトレイルを整備する「トレイル整備隊(登山道整備隊)」として、アメリカの国立公園で約16年間働いてきた女性の体験が生き生きと描かれた本だ。

 

まずは具体的な仕事内容に興味を惹かれた。本書には、トレイル整備隊の日々の業務内容や、その際に使う道具、仕事中に感じたこと、個性豊かな同僚たちの人間模様などが鮮明に書かれている。

だがそれだけでなく、国立公園の歴史や、多様な動植物などの自然、著者の私生活、恋人や隣人などとの人間関係など、様々な事柄がアトランダムに、散文的に描かれる。山や森で仕事に励み、自然の中で生活する人々の環境や心境が、みずみずしく描写された貴重な記録だ。

著者は、小さいころから読書が好きで、大学で小説や詩を学んだり、教えたりするなど、「思索する肉体労働者」として、自然の中での労働を通じて感じることを、多様な観点から繊細に表現し、問いかけていく。ヘンリー・デイヴィッド・ソローや、エドワード・アビー、ビル・ブライソンのようなネイチャーライティングが好きな人にも突き刺さる内容だと思う。

 

本書の前半では、モンタナ州の山岳地帯にある「グレイシャー国立公園」での体験を描き、後半ではアラスカ州の「コードバ」という町(海に囲まれ、雨の多いエリア)と、その後の「デナリ国立公園」が舞台となる。

つまり、3か所での体験が描かれるわけだが、移り変わっていく著者の人生を追体験できる側面が、何よりワクワクさせられた点であった。

3か所とも、同じ職種での勤労体験あり、どれも大自然に囲まれた環境であるため、似通った体験かと思いきや、仕事の内容や規模、地位、職場環境、自然環境、それぞれの場所に住む人々の価値観や生活状況も大きく異なり、その変化を追うのが非常に興味深い。

新しいことに触れる著者の喜びや戸惑いを一緒になって感じることができ、読書中、心のジェットコースターに乗っているような心境の変化を味わうことができるのだ。まさに「他人の人生を追体験できる」読書の醍醐味を味わえる素晴らしい読書体験であった。

 

個人的に特に印象に残ったのは以下のような点であった。

 

 

トレイル整備隊の仕事内容や扱う道具、仕事に関する考察

まず、アメリカの国立公園のトレイル整備隊が、日々どういう仕事を行っているのか?という点が、非常に詳細かつ具体的に、生き生きと描かれていて興味深い。

グレイシャー国立公園では、5月にトレイルから木をどかす仕事から始まる。冬に倒れた木を、チェーンソーで木や枝を伐る「木びき」と、その残骸の後片づけを行う「スワンパー」がペアとなって作業を行う。

大きな岩を使ってトレイルの石の階段を造る作業も描かれる。長期にわたる安定感と耐久性のために、てこの作用で重いものを動かすプライバーという道具を使って、近くの大きな岩を移動させ、階段を造り上げていく。

その他にも、歩きやすいトレイルを造る「ターンパイク」という作業や、測量機器を駆使した新しいトレイルの造成雪の吹き溜まりをダイナマイトで爆破する作業なども詳しく解説される。

予備消防員として山火事を消防する仕事も興味深い(全米の火災鎮圧方針や山火事の利点なども考察される)。

アラスカのコードバという町では、大きな丸太を使って橋を造る作業や、山小屋の補修一般人用小屋での新しいポーチ造りといった仕事が描かれる。10日間、ゴムボートで川を下りながら仕事をする様子も新鮮だ。雨や海・川など「水」に囲まれた環境での仕事が描写されていく。

デナリ国立公園では、マウンテンバイク・トレイルにあるツンドラの植物をビジターセンターの敷地に移植する。スキッドステアローダーという小型土木機械を始め、重機やトラックが登場し、チームの人数も多くなり、仕事の規模が大きくなる

 

こういった具体的な仕事の内容に加え、それぞれの作業の原則やノウハウ道具の扱い方の解説も「なるほど」と知的好奇心を満足させられる。また、仕事に対する心構えや、厳しい肉体労働の辛さや達成感仕事中の怪我や後遺症なども語られる。

アラスカ編では、新しい仕事に直面して、改めて「新人」となる心境や、「お役所仕事」への違和感増えていく管理業務に対する葛藤も描かれる。

一生懸命仕事をしている人であれば、誰でも共感できることが語られ、読書中考えさせられることも多いだろう。

 

本書を読んだ後にアメリカの国立公園を歩くと、トレイルがいかに手厚く整備されているか、整備する人々のどんな苦労や喜びがあるのか、といった今まで見えなかった側面も見えるようになり、ハイキングが一段と楽しくなるだろう。

 

 

モンタナ州とアラスカ州での「自然」に対する捉え方・生活環境の違いについて

上のような仕事の内容以外にも、「生活面」の記述も極めて印象深かった。特に、自然の中で生きる人びとの描写や、居住地による様々な違いが心に残った。

 

本書を読む前は、モンタナ州もアラスカ州も、大自然に囲まれた州であるため、人々の自然に向き合う気持ちも似通っているものだと、無意識に思っていた。しかし、少なくとも本書の著者の経験上では、大きな違いあると言及されており、その点が非常に印象深かった。

 

著者の感覚としては、モンタナ州の自然は「レジャー」のための環境であり、アラスカ州の自然は「自給自足」ための環境であった。

この違いは本書の文章にも反映されている。モンタナ州では、自然の中でハイキングやスキーを楽しむ描写が多い。生まれ故郷になかった自然の中で、ハイキングやカヤック、マウンテンバイクなどのレジャーを楽しむ視点だ。

しかし、アラスカ州では断然に自給自足の描写が多くなる。その視点は「住民」としてのものであり、採取・漁獲・狩猟の重要性が語られる。2000年代という近年でも、自給自足の生活描写が生き生きと描かれ、本書でもっとも心に残った部分であった。

例えば、デナリ国立公園周辺での生活描写。水道もなく(共同井戸から水を運ぶ)、暖房も材木を利用する。掲示板ではオオヤマネコの毛皮が売りに出される。アラスカンハスキーは、レジャーやアイディタロッドという犬ぞりレースでも活躍するが、罠の監視や僻地に行く場合など、生活の手段としても使われる。

サーモン捕りの様子も描かれる。アラスカの住民の多くは「ディップネッティング」という生活権漁業で自給自足しており、許可証によって一家族30匹まで紅鮭を漁獲できるという。極上のサーモンを冬中食べられるという訳だ。

 

それにしても、自然環境が「レジャー」の場か、「自給自足」の場かという捉え方の違いは、アメリカの政治的な指向を考える上でも示唆するものがあるように感じる。

例えば、同じ「環境保護」を考える場合でも、あくまで「自然をレジャーとして愛する部外者」は、美しい自然を残したいという思いや、自然への憧れから、理想的・リベラル的な環境保護指向に傾きやすいように思われる。一方、「自然が生活に必要な住民」は、生活のために必要な範囲で自然を活用する経済的な側面も極めて重要となるのだろう。

この辺りの感覚の違いが、同じ「自然派」の間でも、例えば、「資源・エネルギー開発」や「観光開発」への賛否が分かれる一因になっているのかもしれない。

思えば、アメリカの西部劇も、雄大な自然を舞台にしながらも、自然の美しさに想いを馳せたり、自然保護が主題になることはほとんどない。自然の中で「生きていく」ことに大きな主眼が置かれており、日々食べていくことが何よりの関心事だ。描かれる争いの多くも、生き残りのための生々しい闘争なのだ。

まだ自然に直接依存して生活していた西部開拓時代の感覚や価値観は、現代でも「最後の辺境/ラストフロンティア」であるアラスカの住民に残っているのだろう。

本書では、こういった自然環境に対する微妙なニュアンスや捉え方の違いが、具体的な事例を通して描かれており、アメリカ人の環境意識や政治指向についても参考になる部分が多いと感じた。

 

 

その他の内容

上記の他にも、ありとあらゆるトピックが語られる。

特に、アラスカ湾に漂着した日本のガラスの浮き玉(漁船の網に付いていた漁具)を浜辺で収集する様子や、コードバで皆が履いている「エクストラタフ」というゴムブーツの話、先住民の土地との中間地帯となる「地役権回廊地域」についての説明など、印象深い話がたくさん出てくる。

 

また、以下のような、国や立場を越えて、多くの人が直面する普遍的な悩みや人生の問いかけも語られる。本書を読みながら、一緒に思いを巡らしていくのも味わい深い。

 

・女性が男性中心の肉体労働の現場で働くのはどういう体験で、どういう気づきがあるのか?

⇒この視点は、本書に度々登場する。ジェンダー問題を考える上でも示唆する部分が非常に多いといえるだろう。特に、「女性が体について持っているイメージ」が肉体労働で変化するという考察は興味深かった。著者は、自分の体が主に男性を「性的・心理的に支配するパワー」だけでなく、「肉体労働ができる」という存在目的や能力も有しているということを実感し、それによって新たな力と自由が得られることを感じる。このような著者の発見は、男性にとっても新鮮な視点ではないだろうか。

 

・昇進して管理職になり、現場に出られないのは幸せか?

⇒昇進・昇給はしたいが、現場でのやりがいのある仕事から外れることで、生きがいがなくなることへの葛藤を抱える人は多いだろう。著者のその点での悩みも非常に細やかに描かれている。

 

・安定しない季節労働者として働く心境は?

⇒安定しないことによる不安やデメリットはあるものの、組織に忠誠を尽くす会社人間にならずに、「ある仕事によって完全に自分が定義されることからの解放」を重視する著者の価値観にも共感できる。

 

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