『Firewatch』(Campo Santo/ 2016年)
内容紹介と感想(ほぼネタバレなし)
本作は、約5時間でクリアできる短いインディーズゲームだが、まったりと落ち着いて没入できる骨のある作品で、想像以上に自分に合うゲームだった(僕自身はじっくりと10時間以上かけてプレイした)。
アメリカの美しい自然を歩く充足感と、登場人物の会話から染み出る人間模様、後半に向けてじわじわと盛り上がっていくストーリー展開に、大いに魅了された。
ゲームファンのみならず、(操作も簡単なので)普段ゲームをしない方にもぜひプレイしてほしい。
特に、自然やハイキング、小説(文学・ミステリー)、映画(味わい深いミニシアター系映画など)、アートや美術館巡りが好きな人にぜひとも体験してほしい。
また、自然の中での仕事や、火災監視員(監視塔)という舞台設定に興味のある人、孤独な自然環境下での生活に憧れがある人、アメリカの国立公園に関心のある人にもおすすめだ。
舞台は、ワイオミング州のショショーニ国立森林公園(Shoshone National Forest)で、時代は1989年、主人公は「森林火災の監視員」だ。
ゲームでは、プレイヤーが男性主人公(ヘンリー)を一人称視点で操作し、森の中を移動しながら仕事をこなしていく。近くの別の監視塔で仕事をしている女性上司(デリラ)との無線での会話を通して、ストーリーが展開していく。
ゲームの冒頭、ヘンリーの過去をテキストで読み、過去の選択をプレイヤー自身が選んでいく形で、この仕事を始めるまでのヘンリーの人生が描かれる。妻が病を抱えており、その状況から逃げるかのように、孤独に仕事ができる火災監視員として働きはじめるのだ。ヘンリーが抱えている現実的・精神的な悩みが描写され、最初の十数分で早くも主人公の状況が理解でき、感情移入できるようになる。
その後、監視員として働き始めると、森林公園での移動や様々な作業、上司のデリラと繰り広げる会話や選択が、ストーリー・テリングの中心となる。彼らの会話が、主人公の仕事への指示や質問対応(=ゲーム面での進行案内)、現場の状況報告(=プレイヤーへの状況説明)の役割を担い、ストーリーが進んでいく。
お互いの私生活についての語り合いや、ショショーニ国立森林公園に関する雑学的な情報によって、ゲームの世界観が広がっていくと同時に、二人の関係性も深まっていく。ウィットに富んだ、非常に自然な会話のため、ほとんど違和感を感じることない上に、ヘンリーの会話内容をプレイヤーが自発的に選択していくことで没入感も高まっていく。
ストーリーの内容については、ネタバレを避けるため、軽く触れる程度にとどめておきたい。
ゲーム序盤では、花火を行う若者の取り締まりや、電線が切れていないか調べに行く仕事を淡々とこなしていく中で、ヘンリーとデリラの人間像が描写されていく。しかし、少しずつ不穏な出来後が起こり、じわじわとサスペンス/ミステリー的な展開が生じていく。美しい自然の中を歩き回りながら、その謎を解明していくというという内容だ。
一つずつ断片的な手がかりを見つけていき、行けなかったエリアに行けるようになることが、物語展開と探索の両方の求心力となっていき、終盤に向けて加速していく。
「不穏な」といっても、一気にそういった展開に進んでいくのではない。あくまでスローペースで、ヘンリーたちのユーモアのある会話を聞くことによって、静かに(平穏な気持ちで)自然を味わいながらゲームを進めることができる。この辺りの、「ストーリーが、ゆっくり自然を味わいたい気持ちを妨害しないバランス感」が非常に心地良い。
会話を通して、二人の過去の状況や現在の心境などが語られていき、人間関係が深まっていく。ゲームをしながら二人の人生について思いを巡らすのも大きな見どころだ。
前半は、花火をしているキャンパーを注意しに行ったり、キャンプ跡のビール缶を拾って片づけたり、補給品を取りにいったり、コンパスと地図を確認しながら道を歩いていく地味な「作業」が中心となり、実際に監視員として仕事をしている疑似体験感がじわじわと体に染み込んでくる。
だが終盤は、森林公園内の隠されたロケーションや、過去に何かが行われた痕跡が少しずつ姿を現していく。その謎を解明していくことがゲームの推進力となっていき、やめ時を失うほど没頭できた。
マップの作り方も非常によくできている。すでに書いた通り、本作は一人称視点で、美しい自然にあふれた森林内を自由に移動することがメインとなる。つまり、小さなオープンワールド的なマップなのだが、戻ることができない(よって一方通行となる)大きな段差や、岩に打ち込むハーケンや、カラビナ、ロープ、斧がないと進めないエリアを効果的に配置することで、最初はほぼ迷わずに進める、いい意味で一本道のゲームとなっている。
一定のストーリーの流れを描いていくためにも、序盤は自由度を制限し、徐々にマップが広がっていくというゲーム全体の作りがうまく機能し、このゲームの規模的に、ちょうどよい塩梅のマップ作りになっていると感じた。
そしてなによりも、現実のハイキングのように、ただ自然や空気を味わい、無心に歩きに徹することのできる点がすばらしい。「ウォーキング・シミュレーター」系ゲームの代表的作品ともいわれているように、移動中は「ただ歩く」のがメインだ(要所要所でデリラとの会話も発生するが)。
たくさんのやるべきことやアイテム、倒すべき敵が散りばめられている一般的なゲームは非常におもしろいが、常に先を急いで、何かに追われ、アドレナリンが出続けているような精神状態になる。もちろんそれが通常のゲームのおもしろさなのだが、ゆったりと周りの自然環境に身をゆだねて、何か考え事でもしながら、作品の世界観に浸りたいこともある。
このゲームは、そういう「静かで内省的な側面」が好きな人にとって最適な作品といえるだろう。
僕自身は、ゲームで標準設定された歩く速度でも少し早く感じたので、コントロールスティックを浅めに傾け、さらにゆっーくりと歩きながら、仮想ハイキングをじっくり味わった。(終盤以外の)ゲーム全体のトーンが「ゆっくり歩きたい」「急ぎたくない」という、通常のゲームと逆の推進力が働くのだ。
その際に、地図とコンパスで行き先を確認する作業や、インスタントカメラで写真を撮るアナログ的な行為がまた味わい深く、ゆっくり進みたいというマインドと見事に合致する。
(※一方で、軽めに走ることもできるので、終盤の急ぎたくなる展開の際などにも、イライラしなくてすむように作られている。)
グラフィックやサウンドによる自然描写についても語りたい。
僕自身は(現実の北米での)ハイキングによく行くのだが、土をしっかり踏みしめつつ、きれいな景色や空気を楽しみながら、ゆったりと進んでいく感覚が大好きだ。
木の根っこが露出したトレイルや、岩肌の質感、木の造形、光と影のコントラスト、遠くの雄大な風景、風やせせらぎの音、鳥や動物の存在感などを、静かにじっくりと味わいたいのだ。
そういったアメリカでのハイキングの感触を、家にいながら(ある程度十分に)体感できる点がすばらしい。ポプラの森や、湖畔や小川の水辺、赤い岩肌のキャニオンなどバラエティに富んだ風景に加え、不規則に存在する低木の茂みや草花、大小の岩々が彩り豊かに描かれる。
ゲームを進めていくにつれて日が過ぎていくが(「〇日目」という表示と共に、章が進んでいく)、それぞれの日に設定された時間帯によって、夕陽や朝方、雨などの天候の違いも表現されている。日によって異なった風景を見ることができ、楽しみが増えるのだ。
また、ゲームを始める前は、写実的ではなく水彩画的なグラフィックのため、どれくらいリアルに自然を感じることができるのかな?という疑問があった。しかし、実際にプレイしてみると、シンプルながらも美しい色合いで表現された風景が、(ただ美しいだけでなく)思いのほかリアルな感触であることに驚いた。風と足音を中心としたシンプルな環境音で、常に静けさを感じられた点も現実味を補強していた。
外界である自然に触れつつ、自分の心の内面にも浸りながら、静かに黙々と歩いていく感じが、現実のハイキングと非常に近い感覚なのだ。
環境音だけでなく、音楽もすばらしかった。荒野を歩くムードと、ストーリーや主人公の精神面(不安感など)がうまく表現されており、音楽が鳴り出すタイミング(新しいエリアに入った時など)も含めて、よく表現されているなーと感じた。音楽単体として聴いても十分に楽しめるクオリティの高いサウンドトラックだ。
また、絵画のような「アート」を鑑賞する感覚でもプレイしてほしい。とにかく風景が、「どの場面を切り取っても絵になる」美しさで、何枚スクリーンショットを撮ったことか!
これは、他の「Dear Ethter」や「Abzu」等のゲームをやった後にも感じたのだが、実際に美術館で素晴らしいアート作品をじっくり見て回った後に感じるような、頭と心へのクリエイティブな充足感を得ることができた。
以前、アメリカ西部のサンタフェという町にある、ジョージア・オキーフ(画家)の美術館を訪れたことがあるが、絵画を堪能し、美術館を出た瞬間に、自分自身が至福のエネルギーを注入されたような、生き生きとした不思議な感覚になった。アートや本、音楽などのクリエイティブなものにやたらと触れたい気分になったのだ。花や風景をモチーフにした抽象画の持つ美しい色彩や形状が、潜在意識に直接働きかけたのだろうか(※「Firewatch」のグラフィック自体が、ジョージア・オキーフの絵画のタッチと似ている点もうれしい。)。
このようなアートの持つ力を、これらのゲームでも感じることができると感じている。
(※以下のページで数々の美しいスクリーンショットを堪能してほしい。)
「森林火災の監視塔」が舞台というのも惹かれた点のひとつである。灯台とか、地下のバンカー、森の丸太小屋、ツリーハウスなどが舞台設定となる映画やゲームに魅力を感じる。複雑で疲れる人間社会から離れ、人里離れた場所に暮らす感覚に、「自分だけの隠れ家」という雰囲気を感じてワクワクするのだ。
「火災監視員」が主人公という点もよい。実際の仕事はどんな感じなのか、孤独な自然環境の中、どんな生活を送っているのだろうと興味が出てくる。北米では頻繁に森林火災が発生しており、実際の監視員の仕事現場がどんなものか見てみたくなった。
その他にも、ゲーム内では、防火帯の内側に火をつけて山火事の拡大に対抗する方策や、森林にあるアメリカ先住民のメディスン・ホイールという、石で象られた円形模様の遺跡について説明されたりする。こういう社会見学的な側面もいくつも描かれており、さらに深掘りしたくなる興味深さがあった。
一点、やや不満な点を挙げるとすれば、「監視塔内での仕事や生活のルーティーン」をもう少し加えてほしかった。定期的な山火事の監視や、火災の方角や位置を調べる火災測位儀(Osborne Fire Finder)の操作、食事などを行うことで、監視塔内での仕事や生活をもっと疑似体験をしてみたかった。(※シミュレーションのような厳密なものではなく、あくまで監視塔内での仕事や生活の雰囲気をもっと感じたかったのだ。)
ゲームをやった後に行ってみたい場所
このゲームをプレイしている最中に真っ先に思い浮かんだのは、ユタ州にある「アーチーズ国立公園」である。ゲーム内の、赤い岩肌のキャニオンが好きな方にはぜひ訪れてほしい公園だ。また、同じくユタ州の「キャピトル・リーフ国立公園」でトレイルを歩く雰囲気も感じさせた。ゲーム内のコースと似た風景を、これら国立公園のハイキングトレイルで味わうことができる(※僕自身がハイキング中に撮った以下の写真を見てほしい)。
ユタ州は、ゲームの舞台となったワイオミング州の南に接している州で、他にも素晴らしい国立公園が多く、キャニオンの雄大な自然が好きな方はぜひ訪れてほしい!
また、僕自身は、ゲームの舞台であるワイオミング州のショショーニ国立森林公園には行ったことがないが、その周辺のエリアには訪れたことがある。
ゲームの舞台の北西には、有名な「イエローストーン国立公園」があり、その南には「グランド・ティトン国立公園」や、ゲーム「ラスト・オブ・アス (The Last of Us)」シリーズの舞台にもなったジャクソンという町もある。また、ゲームで言及されたコーディという町も近くにあり、バッファロー・ビル(アメリカ西部開拓時代のガンマン)の博物館がすばらしかった。
本作の舞台となったワイオミング州は、こういった公園で雄大な自然やバッファロー等の野生動物を堪能することができるロケーションであり、西部劇/西部開拓時代の歴史に興味のある方にもぜひとも訪れてほしいエリアである。
関連しておすすめしたいゲーム
「Firewatch」のようにアメリカの自然の中をゆったり歩けるゲームとして、「Walden, A Game」という小作品を強くおすすめしたい。
こちらの舞台は、マサチューセッツ州コンコードの近くにあるウォールデン池周辺の森の中。プレイヤーは実在した作家・思想家であるヘンリー・デイヴィッド・ソローとなり、森の小屋で生活する。1人称視点で森の中を自由に探索し、自給自足の生活を送る。日々、ベリーなどの植物を採取し、家を修繕し、豆畑を耕し、薪を割る。
そういった生活シミュレーションの側面だけでなく、美しい森の中を自由に歩き回り、動植物を観察し、自然から得られたインスピレーションを原稿にしていく(ソローの「ウォールデン 森の生活」の文章が、様々な場面で画面に表示される)。一人で森にこもるだけでなく、町に物資の買い出しに行ったり、家族や知り合いとの手紙などを通した交流も行う。
楽しい探索と日々の作業に没頭しながら、美しい音楽とソローの文章をしみじみと味わうことができる。地味ながらポジティブな空気にあふれているすばらしい作品だ。
上でも触れたが、ウォーキング・シミュレーターの元祖ともいわれている「Dear Ethter」というゲームも紹介したい。
こちらの舞台はスコットランドのヘブリディーズ諸島。亡くなった妻に向けて書かれた男の手紙の朗読を聞きながら、1人称視点で月夜の島を歩く。海や洞窟の美しく幽玄的な風景や、異空間に入り込める音楽に魅せられながら、自然の中を歩くだけの小作品なのだが、ゲームが終わったときには、優れたアートに長時間触れた際に生じる、心が豊かになるような、確かな充足感に満たされた。ぜひともじっくりと味わうようにプレイもらいたい作品だ。
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「レッド・デッド・リデンプション2(Red Dead Redemption 2)」という西部劇/オープンワールドゲームもおすすめだ。
連邦政府から追われるギャング団の、銃撃戦をメインにした血生臭くも重厚なストーリーが展開される一方で、山にこもって平和なキャンプ生活を送ることも可能だ。広大で美しいアメリカ西部/南部の自然の中を、何時間も歩き回るだけで楽しいゲームで、「Firewatch」で、自然の中を歩き回る感触が気に入った人にはぜひとも体験してほしい大作だ。
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