『天の鷹』(谷口ジロー著/アクションコミックス/2002年)
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全体的な内容・感想
※本記事では、アメリカ先住民/ネイティブ・アメリカンの呼称を、本書の記載と合わせて「インディアン」と記載する。
この漫画は、アメリカ西部開拓・インディアンの歴史において、ドラマチックに語り継がれてきた「リトルビッグホーンの戦い」と、それに至る白人たちの西部開拓の過程や、白人とインディアンの対立が少しずつエスカレートしていく様子が、インディアン側の視点を通して描かれる。読み進めていくうちにじわじわと緊張感が高まっていき、次の展開に興味がかきたてられていく。
本書を読むだけで、アメリカの「インディアン迫害と土地の収奪(白人にとっては西部開拓)の歴史」について、一つの大きなコンテキストが理解できるといっても過言ではない。アメリカ西部の歴史に関心のある人にも「最初の一冊」のひとつとして、強くおすすめしたい作品だ。
もちろん純粋に漫画としても非常におもしろい。登場人物の価値観や人生観、それぞれの立場や状況も、丁寧かつ魅力的に描かれているため、それぞれのキャラクターに感情移入させられていく。僕自身、読み始めて最初の十数ページで、すでに本書の世界観が醸し出す味わいに魅せられていった。
そして何よりも、谷口ジロー氏の精密で美しい絵が、アメリカの大自然の郷愁を見事に描ききっており、アメリカ西部の風景が醸し出す魅力が存分に感じられる。また、アクションシーンも、追跡劇や採掘場での戦い等、西部劇でもよく出てくるシチュエーションが迫力たっぷりに描かれており、ワクワクさせられる。
本書は、映画「ラストサムライ」の手法と同じく、第三者である、日本人2人が主役として登場する。侍である主人公2人の人生観や価値観、戦闘技術(日本の柔術や剣術、弓道)と、インディアン部族の人生哲学や生存技術との相互リスペクトが生じていく。日本の戦闘技術は、漫画のアクションシーンにたびたび登場し、アクション漫画としての爽快感と共に、日本人としての誇りがくすぐられる。
主人公2人は、仲間として受け入れてくれたオグララ・スー族との生活を通して、生きていく居場所を手に入れ、オグララの戦士として戦っていくこととなる。見知らぬ土地で自身の居場所と生きがいを手に入れ、それを与えてくれたスー族への感謝の気持ちや、同胞心が芽生えていく様子が心に染み込んでくる。
まずは、純粋に漫画として楽しんでいただき、アメリカの歴史に興味のある方は、ぜひとも複数回読んでいただきたい。
より具体的な内容・感想(重大なネタバレなし)
物語は、1871年のワイオミング準州で、主人公である元会津藩士の2人の日本人(相馬彦三郎と四方津万蔵)が、森の中で狩りをしているシーンから始まる。その後、森で一人で子供を産み、瀕死の状態で倒れているインディアン女性(ラニング・ディア)を助けることから、物語が進展していく。
この十数ページで、アメリカ大陸に来てからの二人の苦労や助け合い、深い友情がじわっと染み込んでくる。また、会話の内容から当時のアメリカの状況も少しずつ理解できてくる。
その後、インディアン(スー族)の男たちと遭遇し、実在の闘士であるクレイジー・ホースとの出会いが、主人公二人と、ラニング・ディアとその子供の人生を大きく変えていく。読者としては、そこから実際の歴史の一部に入り込んでいくことになる。
時代は、すでに白人が西部進出を進めており、鉄道建設もスー族の近くまで迫ってきていた。鉄道建設が西に進むに伴い、鉱山師などの白人入植者が急激に増加していく。土地を奪われるインディアン側の抵抗に対抗するため、入植者や鉄道建設を警護する騎兵隊が、インディアンの部族を強襲する「西部開拓」の非情な側面が描かれていく。
インディアンを追い出すための一環として、バッファローを根絶やしにするハンティングの様子も描かれる。インディアン部族にとって、食料や住居(ティピー)や生活必需品のすべてに活用されていたバッファローがいなくなることは死活問題であり、保留地に追い込まれる部族も出てくる。
そして中盤に差し掛かるころに、ラスボス的に、第七騎兵隊を率いるカスター将軍が登場する。鉄道建設の予定地に住んでいるインディアン部族を先につぶしておくことが自身の役割だと自認し、インディアンとの攻防を繰り広げていく。
そして、いよいよ偉大な精霊の宿るインディアンの聖地「ブラックヒルズ」に白人が大量に侵入してくる。ブラックヒルズに金脈があるという情報が広まったのだ。合衆国政府とのブラックヒルズの譲渡交渉が決裂し、スー族らは採掘所を強襲。その後、各地での戦闘が激化していく。その頃には、スー族の首長であるシッティング・ブルも登場。クレイジー・ホースら様々な部族も合流していき、インディアンのキャンプが拡大していく。
歴史的事実とはいえ、漫画のネタバレにもつながるのでこれ以上は書かないが、1876年の大決戦である「リトルビッグホーンの戦い」に向けての壮絶な争いをじっくり読んでいただきたい。
それにしてもこの漫画を読むと、「ゴールドラッシュ」がいかにアメリカ白人の西部開拓熱に火を注ぎ、インディアン迫害の主な要因になったのかが肌感覚で理解できる。また、「大陸横断鉄道」や、白人による大量の「バッファロー狩り」も、インディアンの自由な生存にとって極めて致命的で壊滅的なできごとであったことがよくわかる。
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関連しておすすめしたい本
この漫画を読み終わったら、ぜひ実際の歴史についても読んでみたいところだ。かなり古い本になるが、「大西部への道」(猿谷要著)をおすすめしたい。西部開拓の歴史や西部劇の本となると、どうしても(西部劇が流行っていた時代の)古い本の紹介がメインになるのだが、非常にわかりやすい本なので、機会があればぜひ読んでいただければと思う。
上述の「リトルビッグホーンの戦い」とそれに至る過程が、図(地図)や写真も含めて、一章まるまる説明されている。戦いが起こるまでのカスター等の部隊の動き、シッティング・ブルやクレイジー・ホースら多くの部族の配置が図解された上で、戦いがどのように進展し、どのような結末を迎えたのか、詳しく解説される。西部開拓とインディアンの歴史を理解する上で極めて重要な戦いであり、ぜひ当時の状況を想像しながら読んでほしい。(※本書にはその他に、ルイス・クラーク探検隊やオレゴン・トレイル等、西部開拓の歴史の重要事項についても書かれている。)
大西部への道 (1968年) (世界のドキュメント) |本 | 通販 | Amazon
また、「Who Was Sitting Bull?」(Stephanie Spinner著)という英文児童書もおすすめしたい。簡易な英語で書かれているので、ある程度英語が読める方はぜひ手に取っていただきたい(英語ネイティブの8-12歳が対象)。児童書といっても、絵や図も豊富で、一般的な日本人にとっては十分すぎるほどの内容ではないだろうか。
前半は、シッティング・ブルの生い立ちから始まり、スー族の歴史や文化が説明される。そして、漫画にも描かれた、白人の入植者が増えていくに従い、西部の警備(騎兵隊)や砦が増えていき、両者の争いが激化する経緯が解説される。この本に書かれているように、ゴールドラッシュで西部に殺到した鉱山師とは、主に一般の白人であった。鉱山開発のプロ(会社)であれば、事業が終われば引き払うこともあろうが、定住も目的にしていた一般人であったことが、インディアンにとっては大きな問題だったのだろう。本の後半では、「リトルビッグホーンの戦い」以降に、シッティング・ブルやその周辺で起こった出来事についても解説される。(※ガンマンであり興行主でもあったバッファロー・ビルとの交流や、ゴースト・ダンス(宗教)の始まりと衝突、など)
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