『アメリカを歌で知る』(ウェルズ恵子著/2016年)
アメリカの歌や音楽に関心のある人は当然だが、それだけでなく、アメリカの民衆の歴史や文化の成り立ちに関心のある幅広い人にぜひとも読んでほしい本。幅広い題材をコンパクトに取りあげているにも関わらず、それぞれの項目が濃密に分析されており、かつ、誰が読んでもわかりやすい文章で書かれているのが、この「アメリカを歌で知る」(ウェルズ恵子著)だ。
まず、目次に書かれたキーワードを見るだけで心が躍る。
放浪旅を描いたホーボーソング、船乗り、捕鯨、ワイルド・ウェスト、ゴールドラッシュ、カウボーイ、(牛追いの)ロング・ドライブ、鉄道、ブルーズ、デルタ、炭鉱夫、紡績工場、労働争議・・・。
また、ウッディ・ガスリーやピート・シーガー、ロバート・ジョンソン、ビリー・ザ・キッド、ジェシー・ジェイムズといった人名。
アメリカの歴史や、映画や小説、音楽などに幅広く関心のある方には、突き刺さってくる項目ばかりではないだろうか。
この本は「歌」と「歌詞の解釈」が主題ではあるものの、もっと広く「アメリカの音楽(フォーク、ブルース、カントリー、ブルーグラス、ロック等)の成り立ち」に関心のある人に強くおすすめしたい。アメリカの音楽については、音源が残っているアーティストを起点に解説されることが多いと思うが、この本では、ラジオ普及以前の歌や音楽の状況から、主要な音楽ジャンルが確立していくまでの状況がわかりやすく説明されているのだ。
それどころか、「歌」や「音楽」にそれほど興味がない人にさえおすすめできる。上の目次のような、アメリカの民衆にとって歴史的・文化的に重要であった様々な事項が、1冊にコンパクトにまとめられている本は少ないからだ。
特に、個人的には以下のような視点で描かれているのがよかった。
まず、「苦労して生きてきた庶民の目線」が中心である点。この本で描かれるのは、アメリカの政治上の大きな動きや、歴史的重要人物の話ではない。あくまで、アメリカ一般庶民の歴史・文化・風習・労働・日常生活に密接した内容が主題になっている。とりわけ、生活が困難な状況で、日々苦労しながら一生懸命生きてきたアメリカの庶民や労働者の姿が、歌詞を通して生々しく描かれている。
職探しのため国内を移動し続けたホーボーや、激しい人種差別の中、日銭を稼いで何とかしのいできた黒人たち、危険な環境で過酷な労働に従事した炭鉱夫などがこの本の主人公だ。彼らの辛かったり、不安であったり、逃げ出したい心を、時には直接的に、時にはユーモラスに表現された歌詞が、当時の時代背景も含めて説明される。著者が記しているように、アメリカがどんな苦労をしてきた国なのかが、歌を通して解説されていく。
また、アメリカ南部や西部といった「真ん中のアメリカ」を中心に書かれている点も大好きな点だ。アメリカというと誰もが思い浮かべる、ニューヨークやロサンジェルス、サンフランシスコ、シアトルといった、東西のきらびやかな大都会が舞台ではない。アメリカ南部や西部など、普段あまり話題に出てこない、内陸部がこの本の中心だ。
しかし、これまで幾多の小説や映画、ゲームの題材や背景にもなった、これら地域の世界観が好きな人には、非常に興味をそそられる内容が散りばめられている。
現在の政治的な視点でも、保守的で共和党支持者が多い、これら地域の人々の精神的な側面を理解するための一助になるだろう。
具体的な内容・感想
最も圧巻だったのが、第4章のブルースの解説であった。デルタ・ブルースの父とも呼ばれるチャーリー・パットンや、ブラインド・レモン・ジェファソンらの、比喩などを駆使して表現された歌詞の内容が、当時の黒人が置かれた状況や文献等を考察しつつ、深く分析されていく。
まず、歌詞によく出てくる、人格さえ持つ「ブルーズ」という存在や、「黒猫」、「黒蛇」、「悪運」、「死」といったワードが、「深刻な鬱状態の比喩または擬人化」、「憂鬱の化身」であるという解釈が興味深い。当時のアメリカ黒人が置かれていた非常に厳しい社会状況が、個人的な心を表現した歌詞から伝わってくる。
また、ブルースでは、そのような深刻な心配や悩みの元凶が女性である、と表現されることが多かったという。その点も、当時、黒人男性が黒人女性よりもまともな仕事の機会が少なく、女性に経済的に依存していることが多かった、という社会背景の説明と共に説明されていく。
このような解釈や社会背景を知ることで、ブルースの歌詞がより深く理解できるようになるだろう。
第3章では、西部開拓時代のフロンティア/ワイルド・ウエストに関して解説される。例えば、テキサスから、鉄道が通っていたカンザスまでの長距離を、数か月かけて大量の牛を連れて行き、高値で売ってきた「ロング・ドライブ」の歴史。これまで「赤い川」や「ローハイド」をはじめ、数々の西部劇やドラマ、西部小説の題材となってきた。このような作品で理想化され、美化されてきたこの交易活動が、実際は単調でつらくて危険な労働であるということが、本書で紹介される歌詞を通して、しみじみと伝わってくる。
特に、ロング・ドライブの途中で亡くなり、誰もいない荒野に埋葬され、忘れ去られることを恐れる「大平原に埋めないで」の歌詞がじわじわと心に染み込んできた。この曲は、歌詞やタイトルが異なるバージョンも含めて、ジョニー・キャッシュの歌唱や、ロックスター・ゲームス社の西部劇ゲーム「レッド・デッド・リデンプション」でも聴いたことがあったが、本書の解説を読んでより理解が深まった。
第1章では、ルーツ音楽としてのフォーク音楽と、それら伝承歌謡が、主に60年代にリバイバルとして再発見され、注目を集めていくまでの流れがまとめられている。その中心となったミュージシャン(ジミー・ロジャーズ、ウディ・ガスリー、ピート・シーガー、ボブ・ディラン)の活躍が、彼らの代表曲やその歌詞の特徴と共に描かれる。
特に印象的だったのは、カントリー音楽の父とも呼ばれるジミー・ロジャーズの解説であった。
僕自身はこれまで、「アパラチアで育まれた白人の音楽であるブルーグラスやカントリー音楽と、ミシシッピ州等の深南部で生まれた黒人の音楽であるブルースが、エルヴィス・プレスリー等のミュージシャンによって混ざりあい、ロックンロールが生まれた」というイメージが漠然と頭にあった。
しかし、カントリー音楽の祖といわれる白人のジミー・ロジャーズ自身が、すでにアメリカ黒人の民謡やブルースに大いに影響を受けていたという点が非常に興味深かった。
「Country Music Hall of Fame」のウェブページによると、ジーン・オートリーやジョニー・キャッシュ、ビル・モンローのようなカントリー/ブルーグラス界の大物ミュージシャンたちも、ジミー・ロジャーズの影響を受けていたという。彼らの音楽にも、元から間接的に黒人音楽の影響が入ってたのかと思うと、なんだか不思議な気持ちになってくる(直接的な影響もあったかもしれないが)。
しかし、ジミー・ロジャーズが鉄道の労働現場で黒人の音楽の影響を受けたことを考えると、不思議なことではないのかもしれない。第2章で詳細に解説されているように、多様な出自や人種の労働者たちが、様々な労働現場で交流する中で、労働歌にもそれら影響が混ざり合っていったのは自然なことだったのだろう。(第5章には、アパラチアの炭鉱でも、白人と黒人が一緒に仕事をしていたとの記述もある。)
関連して、「戦いの音楽史 逆境を越え 世界を制した20世紀ポップスの物語(みの著)」によると、黒人のフォークミュージシャンであるレッドベリーが、白人・黒人問わず様々な音楽を知っていた点や、白人のロカビリー・ミュージシャンであるカール・パーキンスが、働いていた綿花の農園で黒人からギターを教わった点が書かれている。
そもそも労働者の間では、最初から白人・黒人など多種多様な歌が入り混じって歌われてていて、むしろその後、ラジオ局や世の中の状況に合わせて、白人・黒人用の音楽に分けられていったのであろうか。それが再度エルヴィス・プレスリーらによって統合されて、ロックが作られていったという流れがあったのかもしれない。
僕自身、アメリカ南部に住んだ経験があるが、2000年以降の現代でも、白人と黒人の居住地域や文化交流が明確に分かれているのを実感していた。そのため、1920年代に双方の文化が、主に労働の環境下で影響を及ぼしあっていたことに感慨深さを感じた。
上記以外にも、アパラチア地域における炭鉱夫の仕事と生活、西部開拓時代の大陸横断鉄道にかかわる様々な労働者の状況、捕鯨船での船長や船員のチームワークと苦労、北東部の紡績工場の女子労働や労働争議など、様々な内容が、歌の内容を通して縦横無尽に解説される。
特に、アイルランド移民や奴隷制度から解放された黒人が、「スト破り」として利用された歴史や、受刑者を労働力として使う南部の「囚人貸出制度」、アメリカ南部の綿花が、ロンドンへの輸出だけでなく、北東部の紡績工場にも運ばれ、その後、工場そのものが安い労働力の南部に流れていった解説などは、非常に勉強になった(5分でニューオリンズの概略が掴めるコラムも素晴らしい!)。
読書後はアメリカに行こう!
この本を読んでいると、僕自身がアメリカ南部に住んだり、西部などに旅行で訪れたときの思い出の断片が、次々と頭に浮かんでくる。アメリカでは、本書で説明されたような歌が、現代でもあちこちで歌われているのだ。
アメリカ南部では、街角でブルーグラスの演奏をしている人々を見てきたし、山間部の小さな集落でブルーグラスのライブも楽しんだ。西部でも、西部開拓時代さながらのホンキートンク(酒場)で、素朴なカントリーを演奏していることが多い。ブルーズやロカビリーなども、昔の簡素なスタイルのままで、田舎のバーや野外ライブ会場で歌われている。
それらルーツ音楽の精神を現在に受け継ぐ音楽ジャンルである「アメリカーナ」や「オルタナティブ・カントリー」といった音楽分野のミュージシャンも、現在も数多く活躍している。新しいアルバムもどんどんリリースされている。本書で語られるようなルーツ音楽は、形を変えて(あるいは、ほぼそのままで)今もあらゆるところで耳に聞こえてくるし、アメリカ人に精神的な影響すら及ぼしているのだ。
また、アメリカには、本書に書かれた事柄に関係する博物館や、文化遺産のスポットも非常に多い。特に、アメリカのルーツ音楽のほとんどは、アメリカ南部やアパラチア地域が発祥の地なので、アメリカ南部を訪れる際には音楽巡りも楽しんでほしい。
まず、著名なミュージシャンや音楽ジャンルの観光スポットがおすすめできる。
例えば、本書で解説されたケンタッキー州にある「炭鉱夫の娘」ロレッタ・リンや、「ブルーグラスの父」ビル・モンローの生家への訪問は非常い味わい深かった。どちらも当時の家の状況が再現されており、僕自身は、運営している親族の人々と話す機会も得られた。
また、同じケンタッキー州にある、ブルーグラス博物館(Bluegrass Music Hall of Fame & Museum)や、(音楽ではないが)炭鉱博物館(Kentucky Coal Mining Museum)もすばらしい展示内容であった。
また、こういった観光スポットだけでなく、アパラチアのスモールタウンの、ノスタルジーを感じさせる雰囲気や、自然豊かな風景も実に心に残った。
一方、その南のテネシー州には、カントリー音楽の本拠地であるナッシュビルと、ブルースの本拠地ともいえるメンフィスが存在する(メンフィスはロックやソウル音楽の本拠地ともいえるだろう)。
アメリカを代表するそれら音楽ジャンルの本拠地が同じテネシー州にあり、その2都市をつなぐハイウェイ(Hwy 40)はミュージック・ハイウェイとも呼ばれている。サービスエリアには、地元を代表してきた伝説的なミュージシャンのパネルが置かれていてドライブも楽しめる。
ナッシュビルでは、本書でも言及のあったカントリーのラジオショー「グランド・オール・オプリ」が収録されるライマン公会堂でライブを見ることができる。メンフィスには、エルヴィス・プレスリーらが録音したサン・スタジオなど、数多くの伝説的な音楽スポットがある。
僕自身もそれらの場所を訪れたが、歴史を追体験しているような醍醐味を感じることができた。本書のような音楽・歌に興味がある方は、ぜひケンタッキー州やテネシー州で音楽巡りをしてほしい。(夜にはライブに行くことをお忘れなく!)
読書後におすすめの本やゲーム
最後に、本書に関連して、いくつかの本、ゲームも紹介したい。
「カントリー音楽のアメリカ」(ロバート T ロルフ著、2008年)は、カントリー音楽の代表的な曲や、1990/2000年代に流行った曲の、歌詞やビデオクリップの内容などを解釈・分析することで、その曲に込められたメッセージを明確にしていく。特に、カントリー音楽の主要なファン層である、アメリカの田舎の保守層の社会や価値観が理解できる。例えば、歌詞やビデオに登場するピックアップ・トラックや銃、バギー等が、保守層の生活に重要なものの象徴として登場し、それらが必要な背景や生活環境に誇りをもっていることが示される。
カントリー音楽のアメリカ―家族、階層、国、社会 | ロバート T. ロルフ, ロルフ 早苗 |本 | 通販 | Amazon
「意味も知らずにブルースを歌うな!」(小出斉著、2016年)では、ブルースの代表的な曲が、一曲ずつ英語の歌詞(ギターコード付き)とその日本語訳に加え、詳しい解説によって、一曲ごとの歌詞の深い意味合いや背景が理解できる。「アメリカを歌で知る」でブルースの歌詞の大きな特徴や社会背景を理解した後に、さらに具体的な歌詞を味わいたい人に最適な本である。
意味も知らずにブルースを歌うな! ご丁寧に歌詞とコード譜とイラストに加え、ちょっと怪しい英語フレーズ付き (ギター・マガジン) | 小出 斉 |本 | 通販 | Amazon
「レッド・デッド・リデンプション2」(ロックスター・ゲームス社、2018年、PlayStation 4等)というゲームも紹介したい。西部開拓時代末期の1889年のアメリカ西部と南部が舞台のオープン・ワールド・ゲームだ。主人公が所属するギャング団が、連邦捜査官などからじわじわと追い詰められていく様子が描かれる。そのような危機的状況を描くメイン・ストーリーだけでなく、北米の広大な自然環境や、当時のアメリカの文化・政治・社会、庶民の生活等が、幅広く膨大に、奥深く描かれている。
本書との関係では、ストーリー展開の様々な場面で、人々が歌を歌うシーンが数多く出てくる。荷馬車の上で、キャンプの焚火を囲んで、バーで酔っ払いながら、ボートを漕ぎながら、本当に皆よく歌を歌う。アカペラやギターの伴奏、ダンスしながら歌っている様子が、生き生きと描かれる。インターネット上で調べた範囲では、実際のフォークソングが使われているようだ。ラジオや録音が存在する以前の世界では、こういう風に歌が歌われてきたんだろうなー、と感慨にふけることができる。
また、歌以外でも、西部のアウトローやカウボーイ、炭鉱、アパラチアの貧村の様子など、本書でも取り上げられた項目を、広大なデジタル世界で(アメリカに行かずして)じっくりと味わうことができる。できれば、このゲームの前編「レッド・デッド・リデンプション」(ロックスター・ゲームス社、2010年、PlayStation 4等)も併せてプレイしてみてほしい。
コメント