『127時間』(ダニー・ボイル監督/2010年)
内容紹介と感想(ほぼネタバレなし)
本作は、「トレインスポッティング」や「28日後…」、「スラムドッグ$ミリオネア」を手がけたダニー・ボイル監督による2010年の作品。2003年にアメリカのユタ州で実際に起こった、渓谷での事故をもとにしている。
映画の前半、アメリカの渓谷でキャニオリングを楽しんでいた登山家アーロン・ラルストンが、落石事故に巻き込まれる。巨大な岩に右腕を挟まれて、狭い渓谷内で動けなくなってしまうのだ。
しかも、場所は荒野のど真ん中。普通の人がハイキングで来るようなところではない。家族や友人に行き先も告げていなかった。絶体絶命の状況で、主人公はどうやって切り抜けるのか・・・という、恐ろしくも、映画としては興味深いシチュエーションに、主人公が置かれるところからストーリーが本格的に始まっていく。
ストーリーといっても、その後、この狭い渓谷内のみが舞台となる。登場人物も一人だけ。動けないため、派手なアクションもない。このような状況が、映画として楽しめるものなのか、と思われるかもしれない。しかし実際は、終始手に汗を握り、主人公の境遇に共感しながら、没入して見ることができた。
まず、主人公による過去の回想や、徐々に現れる幻想シーンを差し込むことで、映画にメリハリが与えられている。同時に、主人公の人物像を知ることで、追い詰められていく心の変化に共感できるようになっていく。
また、具体的なサバイバルの側面もおもしろい。岩から手を抜く方法はないのか、宙ぶらりんの体制を整えるにはどうするか、水はどのくらい残っているのか、夜間に急激に冷える環境にどう対応するか・・・。細かくも極めて重要な事項に対処していく様子が次々と描かれ、見ている側も主人公と一体になっていく。主人公を演じたジェームズ・フランコの、鬼気迫る熱演や、狭い場所であらゆる角度から、主人公の動きを映し出す、特大セットでの撮影も素晴らしい。
最後に主人公はどうなってしまうのか、という最大の謎を求心力としながら、さらに目が離せなくなる。そして、心を強く揺り動かされる終盤の展開に、終わった瞬間、ただただ圧倒されて、放心状態になってしまった。
見終わった後に肌にじわじわと染み込んできた感覚がある。それは、圧倒的に広大で厳しい荒野の空気感だ。映画の舞台自体は、狭苦しい谷底である。広さとは対極にある空間だ。しかし、誰も来ない荒野に一人取り残された絶望感が、極めて生々しく描かれているため、荒野を見渡さなくとも、広い荒野感を肌で感じることができる。
もちろん、大自然で自転車を乗り回しているシーンや、先住民の壁画がある荒野を歩くシーンなど、映像的に風景を堪能できる場面もある。これらも、荒野の感覚が身に染みていく重要な要素であった。
そして、何よりこの映画の魅力は、映画全体に濃密に漂う「死の匂い」だと思う。その点が、恐ろしくも、抗しがたい不穏な色気を放っているように感じられた。たとえば、ホラー映画もこのような感覚を味わうジャンルだと思うが、「127時間」は、より強い生々しさが感じられるのだ。この感覚が強く画面を支配しているが故に、主人公の生きることへの執念に強く心を打たれる。
ネタバレありの感想
見終わった後にまず感じたことは、精神的・肉体的に追い込まれた主人公の、心象描写の巧みさだ。最初は、楽しかったパーティの様子や、飲み物の回想からはじまるが、その後、より深く、家族や以前の彼女のことを想い、彼らの幻想が登場するシーンに変化していく。
そして最後には、まだ見ぬ未来の息子の幻想を見るに至る。このまま助からなかった場合、無意識に何よりも心残りになるのが、自分の遺伝子を残せないことであろう、と示唆されたこのシーンは、思い出すたびに唸ってしまう。
この映画のハイライトともいえる腕を自分で切り取るシーンは、ジェームズ・フランコの表情や顔色の描写も相まって、すさまじい迫力であった。音楽も非常に効果的に使われており、切断後、谷底を脱出し、救助されるまでの心情描写が、A.R. ラフマーンのスコアや、Sigur Rosの楽曲「Festival」によって見事に表現されており、今でも音楽を聴くだけでそれらのシーンが頭に浮かんでくる。
「127時間」ファンにおすすめの国立公園など
映画の舞台となる、ブルージョン・キャニオンを地図上で調べてみると、ユタ州の「キャニオンランズ国立公園」のすぐ西側に位置している。映画の舞台となった上級者向けのバックカントリーにはなかなか行けないと思うが、周辺の国立公園であれば簡単に行くことができる。
僕自身もキャニオンランズ国立公園を訪れたが、あまりに非日常的すぎる絶景が、存分に堪能できた(下がそのときに撮った写真)。ハイキングコースもしっかり整備されているので、ぜひ訪れてみてほしい。
また、映画のような、幅の狭い渓谷(スロット・キャニオン等)を手軽に体験したければ、アリゾナ州のアンテロープ・キャニオンと、ユタ州のザイオン国立公園 (「ナローズ」と呼ばれる川歩きのトレイル) がおすすめだ。どちらも(ほぼリスクなしで)ちょっとした冒険感を感じることのできる感動の体験であった(下の写真)。
ユタ州に観光に行く人は少ないと思うが、上の「キャニオンランズ国立公園」や「ザイオン国立公園」をはじめとした代表的な5つの国立公園があり、雄大な「谷の風景」を満喫できる。自然の好きな人にとって欠かせない州だろう。1週間の休みがあれば、例えばソルトレイクシティまで行き、レンタカーでユタ州を一周すれば、なんとか4つほどの国立公園を回れるはずだ。「127時間」のような風景を体感したい人は、ぜひ行ってみてほしい。
原作本について(ネタバレあり)
映画「127時間」が好きな方には、当事者アーロン・ラルストンによる原作を読むことも強くおすすめしたい。映画では描かれていない心境や状況が、細やかに詳しく書かれている。
腕を切断する衝撃のシーンも、痛みがどれほどのものだったのか、切断しているとき何を考えていたのかなど、ふつう体験することも聞くこともない状況を知ることができる。また、救出後の病院での手術や手当て、体の状態の描写も興味深い。
そして何より心を打たれたのが、母の愛の強さと行動力であった。本では、著者であるアーロンの視点だけでなく、そのとき家族や友人が、どうやって捜索していたかがつぶさに描かれる。結論としては、母親の執念ともいえる捜索が、結果的にアーロンの救助につながっていく。
この本を電車で読んでいたとき、集中し過ぎて2回も駅を乗り過ごしたことを思い出すが・・・、それほど没頭してしまった。
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関連しておすすめしたいゲームや音楽アルバム
「127時間」の舞台となった、赤い岩肌のキャニオンの風景が気に入った人には、「Firewatch」というインディーズゲームをおすすめしたい。このゲームの舞台はユタ州の北側に接するワイオミング州。森林火災の監視員となり、「127時間」の舞台と似た美しい自然の中を、一人称視点で歩き回る。大自然のリアルな感触と、サスペンス/ミステリー的なストーリー展開を堪能していただきたい。
また、音楽でもおすすめしたいアルバムがいくつかある。映画のテーマは極めて重いが、渓谷内にほぼフォーカスした撮影のスピード感や、主人公のノリの良い雰囲気、使われている音楽など、ポップな感覚も大好きな要素だ。この映画を見た後、サントラやアーロンが好んだバンド「Phish」を聴きこんでしまった。この映画には、作品の周辺情報や、サントラにまで深追いさせる力があるように感じる。
まず、映画のサントラ。A.R. ラフマーンの手がけるスコアが素晴らしい。特に、自然の美しさを表現した「The Canyon」や、最後の「If I Rise」に癒される。また、終盤のアドレナリンの爆発を表現した「Liberation」は、今聴いてもそのシーンが思い出される。Sigur Rosの「Festival」の喜びにあふれた高揚感もいい。
Amazon.co.jp: Ost: 127 Hours: ミュージック
上記「Festival」が含まれる、アイスランド出身バンドSigur Rosのアルバム「残響」。アルバム全体のキラキラしたポジティブな空気感が素晴らしい。後半の静けさの漂うアンビエントな曲も聴きどころ。
アーロン・ラルストンが好んだアメリカのバンド、Phishのアルバムより、2枚組の「Junta」をおすすめしたい。クラシックなロックから、プログレ、ジャム・バンド、ジャズなどを、ごった煮にしたようなサウンドは癖になるはず。テクニカルだが、ゆるくて平和的な雰囲気は、解放感が感じられ、思わず笑みがあふれてくる。特にロックファンにとっては必聴だろう。長い曲が多く2枚組だが、散歩やハイキング、読書中のBGMとして、何も考えずにただただ身を任せて聴いてみてほしい。
最後に、「127時間」にインスパイアされたオープニング曲「127」を含む、ベンジャミン・モウゼイ(Benjamin Moussay)のソロ・ピアノ・アルバム「Promontoire」を紹介したい。静謐で美しく、異空間に誘うようなメロディとサウンド。夜に静かに読書する際に聴いてほしい。
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